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大阪高等裁判所 昭和61年(う)486号 判決

主文

原判決を全部破棄する。

被告人Aを懲役二年に、同Bを懲役一年一〇月にそれぞれ処する。

被告人両名の原審における未決勾留日数中各一五〇日を、右各刑にそれぞれ算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人麻田光広及び被告人Bの弁護人岡本日出子作成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一被告人Bの弁護人岡本日出子の控訴趣意第一について

論旨は、要するに、被告人Bは、被害者Cを殴打するにつき被告人Aと共謀を遂げたことはなく、また、被告人Bの殴打と同被害者の死との間には因果関係がないのであるから、同被告人につき、「被告人Aと共謀のうえ同被害者を殴打して、同人に対し右頭頂部硬膜下血腫などの傷害を負わせ、同人をして右傷害に伴う外傷性くも膜下出血により死亡させた」旨の事実を認定した原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

そこで、検討するのに、

(一)  原判決挙示の証拠によれば、本件犯行に至る客観的な事態の推移及び犯行態様等は、おおむね、原判決が「犯行に至る経緯」、「罪となるべき事実」及び「補足説明」の各項において詳細に認定・判示するとおりであると認められるが、いま、所論の共謀及び暴行と死との因果関係の各存否の判断に必要な限度で、証拠上明らかな事実を補足しながらこれを要約摘記してみると、次のとおりである。すなわち、

1  被告人両名及び被害者Cは、いずれも鹿児島県西之表市(種子ケ島)の出身で、同じく同島出身の先輩であるD経営の原判示○○工業株式会社でコンクリート工として稼働していたものである。

2  昭和六〇年六月三〇日、被告人Bは、被害者ら同僚数名とすし屋で飲酒したが、その際の代金の支払いに関し、被害者は、自らが店から受取つた筈の釣銭を「受取つていない。」とか「紛失した。」などと弁解したうえ、後日、被告人Bや他の同僚がこれを着服したかのように言いふらした。

3  同年七月三〇日、被害者は、○○工業内で、自分が買つておいたたばこ一カートンが紛失したとして、同僚のEや被告人両名に疑いをかけ、右Eに乱暴を働いたりしたため、被告人Aが仲裁に入つて両名を引分けた。しかし、犯人扱いされた被告人らとくに被告人Aは、容易に気持がおさまらず、翌朝D社長らの仲裁によつて被害者が謝罪したのちにおいても、なお被害者に強い反感ないし釈然としない気持を抱いていたが、被告人Bにおいては、その謝罪を諒とする気持もあり、これ以上同人を追及しようとは考えていなかつた。

4 被告人両名は、同年八月一日午後一一時ころから、原判示D工業従業員宿舎東側の縁台で、同僚のF、Eらと飲酒していたが、被告人Aは、右3の件で被害者に泥棒扱いされたことに対する怒りから、同人に再度謝罪させようと考え、同日午後一一時すぎころ、同じく飲酒酩酊していた同人を右縁台に呼びつけたうえ、「置忘れじやないのか。」などと同人に問いただしたが、同人はこれを認めようとしなかつたばかりか、「仕事を休むな。ほかの者が残業せんといかんようになる。」などと言い返した。

5 これに憤激した被告人Aは、同人を、右縁台から同宿舎南東の角を曲つて約8.7メートル離れた被告人Bの居室前の空地へ連行し、同所においてその顔面を手拳で強く殴打したが、Eに制止されて縁台へ戻り、間もなく被害者もこれに続いた。なお、被告人Bは、この間一切暴行に加担せず、同Aの暴行現場へ行こうとする者を止めたりしていた。

6 憤激なおおさまらない被告人Aは、翌二日午前零時ころ、縁台上でなおもたばこの件につき被害者を追及したが、自己の置忘れであることを頑として認めようとしない同人の態度にいつそういら立ち、その顔面、頸部を手拳で殴打し、はずみで縁台から転落した同人を引上げたうえ、さらに顔面を殴打するなどした。

7 被告人Bは、同Aの右暴行により再度縁台から転落した被害者を、同被告人と協力して引上げたが、被告人Aにこれ以上暴行させたくないという気持から、両名間に割つて入り、仲裁しようとした。しかし、被告人Bは、その際逆に被害者から、「Bよ。寿司屋の件もあるからな。」とからまれるに及び、折角仲裁しようとしているのに泥棒扱いされたことに憤激して、やにわに同人の胸倉を掴んだうえ、平手及び手拳でその顔面を強く殴打し、横に倒れた同人が起上るとまたもや手拳で顔面を殴打するなどの行為を三、四回くり返した。そのため、被害者は、間もなく、右縁台上で被告人Bに倒れかかるようにしていびきをかき始めた。

8 同日午前一時ころ、被告人Aは、Fの「外へ出せ。」の声に応じ、ぐつたりした被害者の体を引きずるようにして、廊下を通つて、前記宿舎南側の空地に同人を運び出し、同所に坐らせたうえ、その頭部を手拳で押すように小突き、同人を後方に転倒させて、同所のコンクリート製溝蓋に同人の後頭部を打ちつけさせた。その間、被告人Bは、縁台上でF、Eらと飲酒を続けていた。

9 被害者は、被告人両名の右一連の暴行により、左頬部・右頬骨部・右眼窩部及び鼻部表皮剥脱並びに皮下出血、左側頸部皮下及び筋肉内出血、左後頭部挫裂創、右頭頂部硬膜下血腫などの傷害を負い、そのころ、同所付近において、右傷害に伴う外傷性くも膜下出血により死亡した。

以上のとおりである。

(二)  ところで、原判決は、基本的にほぼこれと同旨の事実関係を認定したうえで、1 被告人Bの暴行が同Aのそれと一連のものであること、2 被告人Bは、同Aと同様、たばこの件で泥棒扱いされたことで、かねて被害者に対し少なからず反感を抱いており、本件当日右Aが被害者に暴行を加えるに至つた経緯や動機、原因、暴行の内容などを十分認識・察知し、その暴行を認容していたこと、3 被告人Bは、いつたん仲裁に入つたのち、被害者から釣銭の件を持ち出されるや、二度にわたり泥棒扱いされたとして憤激し、即座に前記(一)7のような暴行を加えたこと、4 被告人Bの行為が、同Aと共通の動機のもとに、それまで目撃していた同被告人の暴行に引続いて、同じ場所で同じ態様で行われていること、5 被告人B自身、検察官調書中で、同Aと同じように被害者をどついてやろうという気持があつた旨自認していることなどの事実を指摘して、被告人Bは、同Aの行為に共同加功する意思で被害者に対する暴行を加えたものと認めるのが相当であるとし、他方被告人Aについても種々の理由を挙げて被告人Bとの共同暴行の意思を認定したうえ、結局、被告人両名間では、被告人Bが被害者に暴行を加えた段階(前記(一)7の段階)で暴行についての共謀が成立した旨認定した。しかして、記録によると、原判決摘示の右1ないし5の点は、さきに認定した事実と抵触しない限度においてこれを是認しうるが、他には、被告人Bの同Aとの共同加功の意思を推認させる事情は記録上これを見出し難い。

(三)  たしかに、原判決や検察官の答弁が指摘するように、被告人Bが、被害者から、本件の約二日前、たばこの紛失の件に関し、同人からあらぬ疑いをかけられたことで、同Aと同様、被害者に対し不快感ないし釈然としない気持を抱いていたこと、及び、被告人Bが同Aの被害者に対する暴行の動機等を知悉しながら、同被告人に殴打された直後の被害者に対して自ら暴行を加えており、被告人両名の各暴行の日時・場所が接着していることなどの点は、一般的にいえば、被告人両名の暴行に関する意思の連絡を強く推認させる事情であるというべきであろう。

しかしながら、本件においては、前記(一)において指摘したところからも明らかなとおり、次のような事情も認められるのである。すなわち、それは、ア 七月三〇日のたばこの紛失の件につき、被告人Bにもなお釈然としない気持がなかつたとはいえないが、他方、翌日の被害者の謝罪を諒とする気持もあり、被告人Aのように、右の件について被害者を改めて問責したり同人を殴打したりするまでの気持は有していなかつたこと、イ 現に、被告人Bは、同Aの被害者に対する暴行に対し、当初から同調しておらず、同Aが被害者を連れて宿舎南側の空地へ行こうとした際には、一緒に行こうとする者を止めており、また、縁台に戻つた被害者に対し被告人Aが再度暴行を加えた際には、その間に割つて入り、仲裁しようとしていること、ウ 被告人Bの被害者に対する暴行は、右仲裁にもかかわらず、同人から寿司屋の支払いの件を持ち出されたことに対応して行われているところ、右寿司屋の件はすでに一月以上も前のことで、当日も被告人Bが右の件を根に持つて被害者に対し悪感情を抱いていることを窺わせる言動に出てはいないこと、エ 被告人Bが同Aと共同して同時に被害者に暴行を加えたことは、一度もないことなどである。そして、右各事実に加え、被告人Bの原審公判廷における弁解内容など記録上明らかな諸般の事情を総合して考察すると、本件における被告人Bの被害者に対する暴行は、自己の善意を理解しようとしない同人の頑迷な態度に立腹したという、被告人Aとは別個の動機に基づき短絡的に加えられたものであつて、右暴行の際に、被告人Bとしては、同Aのそれまでの暴行を認容し、同被告人と共同して被害者に暴行を加える意思までは、これを有していなかつたのではないかという合理的な疑いの存在を否定しきれないと解されるのであつて、被告人Bの検察官調書も、同被告人の原審供述をも加味して考察すると、これに、右認定を左右するに足りる証拠価値があるとは認め難い。

そうすると、これと異なり、被告人Bが、被害者に暴行を加える時点において、同Aと暗黙のうちに意思あい通じ共謀を遂げていた旨認定した原判決は、事実を誤認したものというべきであつて、右事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、破棄を免れない。

よつて、被告人Bの弁護人岡本日出子のその余の論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決中被告人Bに関する部分を破棄することとするが、同法四〇一条によれば共同被告人たる被告人Aのためにもこれを破棄しなければならないので、同被告人の弁護人麻田光広の論旨(量刑不当の主張)に対する判断をも省略して、原判決を結局全部破棄することとし、同法四〇〇条但書に則り、当審において追加された予備的訴因に基づき、次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いずれも、鹿児島県西之表市出身のコンクリート工で、神戸市西区〈以下省略〉○○工業株式会社に住込み稼働していたものである。被告人両名は、昭和六〇年八月一日午後一一時頃から、同会社従業員宿舎東側の縁台で、同僚のF、Eらと飲酒していたが、被告人Aは、その三日前に、同じく西之表市出身の同僚であるC(当時四二歳)から、同人のたばこ一カートンが一時紛失したことについて被告人らが盗んだなどと言いがかりをつけられたことに不快感を抱いていたところから、その翌日同人がいつたん謝罪しているにもかかわらず、再度同僚らの前で謝罪させようと考え、前同日午後一一時すぎころ、飲酒酩酊中の同人を右縁台に呼びつけ、同人に対し、「置き忘れじやないのか。」などと問いただしたけれども、これを認めようとしなかつた同人から、逆に、「仕事を休むな。ほかの者が残業せんといかんようになる。」などと言い返されたため、同人を右宿舎南側の空地へ連出し、同所において、その顔面を手拳で二回位殴打した。その後、同被告人は、前記縁台に戻つて仲間と飲酒していたが、間もなく右縁台に戻つてきた同人が、前同様の追及に対し相変らず自己の非を認めないのにいら立ち、翌二日午前零時ころ、再び縁台上で同人の顔面、頭部を手拳で三回位殴打し、はずみで同人を高さ約四五センチメートルの右縁台から地上へ転落させるなどした。他方、被告人Bは、同Aの暴行を見かね、転落したCを縁台上に引上げるのを手伝つたりしたあと、同被告人の暴行を制止しようとしたところ、Cから、「Bよ。お前寿司屋のこともあるからな。」などと、約一月前同人と飲酒した際の代金支払いに関するいきちがいの件を持出されたため、折角の善意を理解しようとしない同人の頑迷な態度に立腹して、やにわに同人の胸倉を掴んだうえ、その顔面を平手及び手拳で四、五回殴打し、その結果、同人は、間もなく、右縁台上で被告人Bに体を預けるようにしていびきをかき始めた。その後、被告人Aは、同日午前一時ころ、Fの「外へ出せ。」の声に応じ、ぐつたりとしたCの体を引きずつて前記宿舎南側の空地に運び出し、同所に坐らせたのち、同人の頭部を手拳で小突き、同人をその場にあお向けに転倒させてコンクリー卜製溝蓋に後頭部を打ちつけさせるなどした。かくして、被告人両名は、以上の一連の暴行により、Cに対し、左頬部・右頬骨部・右眼窩部及び鼻部表皮剥脱並びに皮下出血、左側頸部皮下及び筋肉内出血、左後頭部挫裂創、右頭頂部硬膜下血腫などの傷害を負わせ、そのころ、同所付近において、同人をして、右傷害に伴う外傷性くも膜下出血により死亡するに至らしめたが、いずれの暴行により致死原因たる右外傷性くも膜下出血を生ぜしめたか知ることができないものである。

(証拠の標目)

被告人両名の当審公判廷における各供述を加えるほか、原判決挙示のそれと同一であるから、これを引用する。

なお、本件は、「共同者ニ非スト雖モ共犯ノ例ニ依ル」こととした刑法二〇七条の、いわゆる同時傷害の規定が適用されるべき事案であるから、被告人Bの暴行と被害者の死との因果関係についてその不存在を確認しえない以上、同被告人は傷害致死の刑責を免れないというべきところ、同被告人が被害者に加えた判示暴行は、かなり強烈なものであつて、同人がその後間もなく被告人Bに体を預けていびきをかき出したこと等からみて、右暴行が、致死原因たるくも膜下出血の成生・増悪に少なくとも何らかの因果力を与えていることは明らかであり、その決定的原因となつた可能性すら否定し難いのであるから、被告人Bの暴行と被害者の死の間の因果関係が不存在であるとは認められない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、刑法二〇七条、二〇五条一項に該当するところ、本件は、飲酒酩酊してほとんど無抵抗であつた被害者に対し、被告人両名が交互に、一方的かつ執ような暴行をくり返し、ついにその一命を奪つたという事案であつて、その犯情及び結果の重大性等に照らし、刑の執行猶予を相当とすべき事案であるとは考えられないが、被害者の側にも、犯行を誘発するような不害ないし不穏当な言動があつたこと、被告人両名間には、有形力行使について共謀があつたとは認められないことと、被告人両名の各親族において被害者の遺族の慰藉に努め、原判決言渡しの前後を合せると、合計五五〇万円(被告人Aから二八〇万円、同Bから二七五万円)というかなりの大金が支払われた結果、遺族の被害感情も相当緩和したこと、被告人両名は、いずれも何らの前科を有しない将来ある若者であること、被告人Bの被害者に対する暴行は、同人に対する決定打となつた可能性がある点でこれを軽視しえないが、犯行全体の流れの中で見れば、同被告人の果たした役割は、被告人Aのそれと比べ重要性において一歩を譲ると認められることなどの諸点を考慮し、被告人Aについては所定刑期の範囲内で懲役二年に、同Bについては刑法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽を施した刑期の範囲内で懲役一年一〇月に、それぞれ処することとし、刑法二一条に則り、原審における未決勾留日数中各一五〇日を右各刑に算入して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松井薫 裁判官木谷明 裁判官生田暉雄)

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